京都御所 京都観光スポット!

京都御所は、明治維新まで天皇が住まわれておられた場所であり、もとは桓武天皇が奈良の平城京より長岡京を経て、794年(延暦13年)に平安京に都を移されたのが始まりです。

目次

京都御所

京都御所の歴史

794年(延暦13年)、桓武天皇により定められた平安京の内裏(皇居)は現在の京都御所から約2kmほど西にありました。しかし、度重なる内裏の焼失により、現在の場所に移り、1392年(明徳3年)の南北朝合一によって皇居に定まり、明治に至るまでの500年もの間天皇の住まいとなりました。

豊臣秀吉や徳川の時代になると、御所周辺には宮家や公家たちの屋敷が集められ、明治初期の東京遷都まで、大小140以上の屋敷がたちならぶ公家町が形成されていました。

1869年(明治2年)明治天皇の東京遷幸が挙行され、これに伴って、多くの公家達も東京に移住したのち一時、荒廃となってしまいました。
1877年(明治10年)に京都に還幸された明治天皇は、荒れ果てた様子に深く哀しまれ、京都府に御所保存・旧観維持の御沙汰が下されました。この御沙汰をうけ京都府では、直ちに屋敷の撤去、外周石垣土塁工事、道路工事、樹木植栽等の「大内保存事業」を開始し、1883年(明治16年)に完了しています。1883年(明治16年)9月、御苑の管理が京都府から宮内省に引き継がれた後も整備は続けられ、1915年(大正4年)の大正大礼に際して、建礼門前大通りの拡幅改良等の改修工事が行われ、現在の京都御苑の姿が整いました。
※明治天皇は、遺言により豊臣秀吉の築いた伏見城の本丸跡地に、墓所が営まれのが伏見桃山陵です。
京都御所が現在の状態であるのも明治天皇のお力によるものなので、京都市民としては本当にありがたいお話です。こちらに 伏見桃山陵の観光情報をのせておりますので、もしよろしければ見て下さい。

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京都御所

紫宸殿 京都御所の中心であり古今最も神聖な場所です

京都御所

京都御所は、明治維新まで天皇が住まわれておられた場所であり、もとは桓武天皇が奈良の平城京より長岡京を経て、794年(延暦13年)に平安京に都を移されたのが始まりです。

紫宸殿とは南殿、前殿、古くは紫震殿と呼ばれており内裏において天皇元服や立太子、節会などの儀式が行われた正殿です。
昭和天皇までは、こちらで元服されました。

平安中期以降、大内裏の正殿であった大極殿が衰亡したことにより、即位の礼や大嘗祭( 天皇が即位後最初に皇祖および天神地祇に新穀を供え,これを食べる儀式)も紫宸殿で行われるようになった。

現在も京都御所の中でも最大級の建築物であり簀子、勾欄を除くと東西24メートル、南北23メートルの広さを持ち、高床式寝殿造によって、母屋の四方に廂の間を設けている。

清涼殿 天皇の日常の生活場所から次第に儀式の場へ

清涼殿は紫宸殿の北西に位置

当初は天皇の御殿として使用していたが、日常の政務・毎日の四方拝叙位・除目なども行われ、中世以降になると儀式の場となっていった。

春興殿

三種の神器のうち神鏡を安置する場所として紫宸殿の東に造営され、現在に至。

初大夫の間

御車寄から入った公家達が控えの間として使用
身分によって入る部屋が3つに分かれていた。
最も清涼殿に近い部屋から虎の間(公卿の間)、鶴の間(殿上の間)、桜の間(諸大夫の間)とされておりました。
各部屋には幕末の高名な3名の絵師により障壁画が描かれており、その絵の題材がその部屋の名前となった。
虎の間:岸 岱
鶴の間:狩野 永岳
桜の間:原 在中
※大多数の大名はさらに通り、西廂の間があてがわれた。

御車寄

ここを使用することが朝廷の高官の証だった。

新御車寄

大正天皇の即位礼に際して、天皇皇后陛下のための玄関として建られたものであり、大正以降の天皇皇后陛下の玄関となった。
馬車や自動車が利用できるように配慮された造りになっている。

京都御所

御池庭 回遊式庭園 右手の「欅橋」が架かる

観光客の方が、一番写真を撮られていた場所です。

御内庭 

灯籠や庭石を配した優雅な御庭である。

京都御所

建礼門(けんれいもん) 御所の正門に相応しい

京都御所

京都御所は、明治維新まで天皇が住まわれておられた場所であり、もとは桓武天皇が奈良の平城京より長岡京を経て、794年(延暦13年)に平安京に都を移されたのが始まりです。

京都御所の南向けにある正門である。格式の高い門です。昔は、この門を利用できるのは天皇陛下(最高位者)のみです。 天皇陛下の同伴があれば皇后陛下も、利用できます。
※皇后陛下単独の場合は建春門を利用します。
現在も天皇皇后及び外国元首級のみが通ることのできる、最も格式の高い門とされおり、京都三大祭りでも開門されることはない門です。
我々庶民には縁のない門ですね。

建礼門の前から五山の大の字が見えます

建春門(けんしゅうもん) 御所でもっとも優美な門 御所南東にあります。

平安京内裏の外郭門の1つ、江戸期までは勅使の出入りに使われていた。
明治以後は皇后、皇太子、皇太子妃の出入りに使われていました。
外国種相の参入にも用いられている。

宜秋門 公家門

御所に参内する公家が使用したことから「公家門」と呼ばれた。

清所門 大台所の建物前にあったことから台所門と呼ばれた

御所 一般公開時の出入口
宮内庁管理なので警察官が入門をチェックされており、入門後、持ち物検査があります。刃物などの危険物の持込を確認されております。(カメラの持込は可能ですが、大型三脚は不可になります。)

中山邸

<京都御所の北東方向の京都御苑の一画に残されており、明治天皇が生まれて4歳までご養育されました場所です。そこから激動の明治を生きられました。
管理がされていない為、残念です。

京都御所

場所・アクセス方法

・住所:京都市上京区京都御苑3
・京都市営地下鉄烏丸線:今出川駅より徒歩5分
・京都市バス:烏丸今出川停留所より徒歩5分

京都市上京区京都御苑3
普通文書

京都市内観光に便利でお得な地下鉄・バス一日(二日券)があります。

こちらに地下鉄・バス一日(二日券)の情報をまとめましたので参考にして下さい。

京都御苑の入り口
丸太町通沿いにある堺町御門から入れます。

京都御所

京都三大祭りの情報も随時アップしますのでそちらも興味があれば見て下さい。

京都三大祭り
葵祭(葵祭のページが開きます。)
祇園祭
時代祭

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